消えた年金記録問題はどうして起こったのか?

持ち主の分からない年金の記録が2200万件あるという話をしましたが、2006年に騒がれ始めた当初は、5600万件が持ち主不明という状態でした。ここで名寄せ(なよせ)作業が行われて、やっと3分の2の年金記録が誰のものなのか判明しました。

そもそも消えた年金記録はどうやって起こったのか? これは1980年代までさかのぼります。

旧)社会保険庁が持っていた日本国民の年金の記録は、NTTデータがまだ電電公社(日本電信電話公社)だったころから、そのネットワークシステム開発・運用に携わってきました。

80年代、社保庁の社会保険業務センターは、東京三鷹市にあるNTTデータ三鷹ビル3階にありました*。看板もなくひっそりと。ここで、それまで紙の台帳に収められていた国民の年金記録をコンピュータのデータベースに移しかえる作業が行われました。

しかし、政府が「一刻(いっとき)も早く終わらせろ!」と急がせたばっかりに、NTTデータのシステム開発部ではかなり雑な作業で入力をすすめ、見た目上終了したかのように「はい、終わりました」と報告するに至りました。

この入力作業では、かり集められた人員で被保険者の名前その他の情報を入力したのですが、人員1人が割り当てられた入力データを他の誰か別の人員がチェックする機能(ダブルチェック)がありませんでした。

日本名で漢字1つに対して幾つもの読みがある名前でも、入力した者の判断で1つの読みだけがカタカナで入力されてしまいました。たとえば、裕子さんは「ヒロコ」だったり「ユウコ」だったり考えられても、入力者のその場の判断でヒロコにされてしまうということが行われていたのです。

その結果、本人が(当時の)社会保険事務所に出向いて本当の読みを伝えても、「該当する記録はありません」と回答されたのでした。

あっちでも1人、こっちでもまた1人と被害者が出て、その声が大きくなりマスコミが騒ぐようになりました。これが2006年ころから新聞・テレビをにぎわせた「消えた年金記録問題」です。

現在でも2200万件の年金記録の持ち主が分かっていない状況です。アメリカに住んでいる方でこれに該当する方は少なくないはずです。

「まさか、この中に?」自分の記録が入ってやしないかと思われたら、下の項目をチェックしてみて下さい。

1)日本によくある姓の方:
鈴木、佐藤、田中などなど。この苗字にこれまたよくある名前で鈴木一郎さん。同姓同名がありそうな名前の場合、データが実際にその人のものか確認されていないことがあります。

2)男性・女性のどちらにも有る名前:
現皇太子浩宮(ひろのみや)のご生誕(昭和35年)のあと数年間は、浩、裕、宏がつく名前が流行ったと聞いています。皆さんの周りにも必ず1人はひろみさんがいるはず。紙の台帳からデータベースへ移行する際に性別を間違えて入力されたとすると、その後の検索は難しくなります。

年金事務所でも、ちょっと気が利く担当者ならば男性・女性どちらからも検索してくれますが、窓口によってはこちらから申し出ない限り照合してくれないこともあるので、念のため聞いてみて下さい。

3) 数回転職した方:
2つ以上の会社で働いた方に限ることですが、転職するたびに次の会社で年金手帳を提出していましたか? 厚生年金保険法の施行規則(ルール)に次のようなクダリがあります。

かって被保険者(年金制度に加入していた者)であったことがある者は、法第9条の規定による被保険者の資格を取得したときは、直ちに、年金手帳を事業主に提出しなければならない
(厚生年金保険法施行規則第3条(年金手帳の提出等)

転職したら年金手帳を次の会社にもって行ってくださいね、ということなんですが、実際そうしていた人が一体どれくらいいたでしょうか? 辞めたほうの会社は指導されていませんし、新しい会社でも手帳の提出を義務付けいる所はめずらしいと思います。

かっての社会保険庁が、企業と国民に対して年金の仕組みを理解してもらう努力を怠っていたからです。

4)そもそも基礎年金番号を付けてもらっていない:
基礎年金番号が付けられるようになったのが最近のことなのですが。(1997年)基礎年金番号の付番が義務付けられる前に、既に渡米していた方、あるいは「基礎年金番号って何?」という方は、まず基礎年金番号が付けられていないでしょう。

ということは、アメリカに住んでいる方の多くがこれに該当します。

ですが、この未確認の記録だからと言って年金が受けられなくなるの(?)という心配にはおよびません。日本年金機構に「それ、私の記録です!」と申し出れば解決できます。

*社保庁とNTTデータの密接な関係にありました。その癒着を断ち切るために、国は社会保険庁をなくして日本年金機構(公的法人)を設立した経緯があります。