女子の定年が50歳だった!? 年金制度の男女間格差

年末年始に日本に一時帰国しました。実家で(年の離れた)姉が特別支給年金を受ける年齢になっていることに気が付き、「姉が年金!?」と驚いたと同時に、彼女が特別支給年金について何も知らなかったことにまたビックリしました。

年金のプロが妹にいるのになぜ?と聞きましたが、本人は年金は65歳からというのが頭にあるものですから何も話に出てこなかったわけです。

今年63歳になる姉は実は、満60歳から特別支給年金のうち「報酬比例部分」が支給されます。報酬比例部分や定額部分についてはまた別の機会に書きます。姉の場合:

昭和29年4月2日~昭和33年4月1日の間に生まれた女子!なので、満60歳から報酬比例部分の年金が支給されます。満額ではないという意味です。

さて今日のお題はこの満60歳からについてなのですが、これ、その昔はこれが「満50歳から」、少し後になって「満55歳から」と段階的に5歳ずつ引き上げられてきたのはご存知でしょうか? ほとんどの方は知らないですね。年金にも男女差別はあったのですよ。

でもこれ、企業の定年制度で過去に男女間格差があった名残りなのです。定年退職後に収入がなくなるので、その年齢から老齢年金を段階的に支給しましょう、というものでした。

現在は定年退職の年齢を「男女ともに」65歳に引き上げる企業が増えてきましたね。今まで60歳だったことが不思議と思う私ですが、少し前まで、女性だけ定年が50歳とした会社がありました。あったというより、昭和40年代頃まではそのような会社の方が多かったのです。

司法試験の受験前、目から鼻血がでるほど判例を読んでいた頃、私は1つの衝撃的な判例に出逢いました。「何これ? 男性の定年は55歳で、女性は50歳だったの? うわうわ、すんげー男女差別じゃん!」

この判例は、1969年1月に満50歳になろうとしていた会社員の女性が、ひと月前に退職するよう言い渡されたものです。女性は、男女別定年制は民法90条の公序良俗に違反する、よって無効ではないか?と訴えました。女だから50歳で定年退職をすることはないと。

男女別定年制の無効判決まで、なんと12年の歳月が費やされました・・・

この原告女性が置かれた立場を考えてみますと、当時の裁判がいかに困難なものであったか

想像に難くありません。

1968年当時、一人の女性社員が会社を訴えることのハードルの高さを思うと胸が痛みます。気が遠くなりました。気が遠くなると言えば、この裁判にかかった時間もそうです。最高裁で判決が出たのは81年3月。実に12年の歳月を費やしたわけです。

最高裁の判断は以下のとおり。「会社の就業規則中女子の定年年齢を男子より低く定めた部分は、専ら女子であることのみを理由として差別したことに帰着するものであり、性別のみによる不合理な差別を定めたものとして民法90条の規定により無効であると解するのが相当である」

上を読んでどう思われますか? 「当たり前じゃん」と思うでしょうね。この当たり前の判決が出るまで12年。。。

しかし当時の人たちにとって、これは「当たり前」だったのでしょうか? 多くの人は、女性だけが早く定年を迎えることに違和感を持っていなかったのではないか?と想像しています。だって、この訴訟が起こる20年と少し前までは、女性には参政権すらなかったのです。

 

こういう「昔はこうだった」的な話をすると、おばさん扱いされるから嫌だったのですが、今はもう立派なおばさんなので何を言われても平気!

日本を出国する際、「18歳から選挙に参加できるようになりました!」というポスターを空港で見ました。そのポスターには若い女の子の顔写真が出ていました。女子が選挙に参加して当たり前。立候補しても当たり前。

このような良い世の中になったのは、先輩たちの努力ゆえ、今の私たちの暮らしはそこが礎になっているのを、機会あるごとに少し考えてみて良いと思います。

世の中で当たり前のように言われていること、「いや、それ常識でしょ」と言われたら少し疑ってみましょう。その窮屈さから少し解放されると思います。